円筒埴輪

重要度
★★

円筒埴輪 (えんとうはにわ)

3世紀中頃〜6世紀頃

【概説】
古墳時代を通じて古墳の墳丘やその周囲に並べられた、土製の円筒形の焼き物。古墳に樹立された埴輪のなかで最も起源が古く、かつ最も大量に製作された、古墳を象徴する基本的な遺物である。

吉備地方の「特殊器台」にみる円筒埴輪の起源

円筒埴輪の起源は、古墳時代へと移行する直前の弥生時代後期後半、主に吉備地方(現在の岡山県・広島県東部)で発達した特殊器台・特殊壺に求められる。これは、首長の葬儀の際に食物を盛った壺を載せるための、美しく装飾された大きな台(器台)であった。古墳時代に入り、前方後円墳が誕生すると、この特殊器台と特殊壺が簡素化・定型化し、一体となって変化を遂げることで、古墳の斜面や平坦部に並べるための円筒埴輪へと発展した。

墳丘を区画する「結界」と土留めの実用性

円筒埴輪は、古墳の墳丘の平坦部(テラス)や最上部に、隙間なく一列に並べられる(列置される)ことが一般的であった。この配置には、死者が葬られた神聖なエリアである墳丘(聖域)と、生きて活動する人々が暮らす俗界とを明確に区画する、一種の「結界」としての宗教的な意味合いがあったと考えられている。また、同時に雨水などによる墳丘の土砂崩れを防ぐという、斜面の土留め(どどめ)としての極めて物理的・実用的な機能も兼ね備えていた。

円筒埴輪の多様性と形象埴輪への展開

円筒埴輪には、単なる土管状のもののほか、円筒の上部に朝顔状のラッパ型の受部が一体化した朝顔形埴輪も存在する。これは特殊器台の上に載せられた特殊壺の形状が統合された名残である。古墳時代前期から中期、後期に至るまで、円筒埴輪は古墳の規模を視覚的に誇示し、首長権の偉大さを周囲に示すための不可欠な要素であった。その存在は、のちに登場する家、武器、盾、動物、人物などの形象埴輪の配列へと繋がり、古墳を用いた独自の葬送儀礼空間を演出する役割を果たし続けた。

埴輪と絵画の古代学

図像学と考古学の視点から古代の造形に込められた精神世界を解き明かす一冊。

埴輪群像の考古学

考古学的な分析を通じ埴輪の配置や構成から古代の祭祀体系を読み解く書。

日本史一問一答(ランダム)

Q. 律令制の税のうち、都での年間10日間の労役(歳役)の代わりに、一定量の布などを納めるものを何というか?
A.
Q. 弥生時代の3区分のうち、鉄製農具が普及して生産力が飛躍的に高まり、小国の統合が進んで邪馬台国のような連合が形成された時期を何というか?
Q. 律令制において稲の収穫量などを量る際に用いられた単位で、「10把」を1とする単位を何というか?
A.